|
|
| |
|
|
|
| |
 |
由来
|
|
| |
|

|
|
| |
|
|
|
| |
|
韓國戰爭の當時、休戰會談が開かれた本來の會談場所は現在の位置から1キロほど北側にあった。
四棟の草屋や、會談場として使われた假建物二棟、三棟の組立式幕舍が建物の全部であった。
板門店と名づけられたのは休戰會談の場所が現在の所に移されてから、この會談に參加する中共軍の代表達がここを搜しやすくするために、當時、會談場所の近くにあったたばこ屋を兼ねた店を漢字で「板門店」と表記したことから由來する。
ここで行なわれた休戰會談は豫備會談が始まった後、2年19日間にかけて1、076回話し合った末、1953年7月27日UN軍と北朝鮮軍、中共軍の間についに協定が調印された、板門店は155マイル休戰線上の西端に位置して痛恨の民族分斷史を證言している。
板門店はソウルから北西の方に62キロ、平壤(ポョンヤン)から南のほうに215キロほど離れている所にある。
ここは公式にUN軍と北朝鮮軍の共同警備區域「Joint Security Area」と呼ばれていて韓國と北朝鮮の間、行政管轄權がない特別な所である。
|
|
| |
|
|
|
| |
|
<Top>
|
|
|